今の日本の政治を見ていて、多くの人が感じているのは「むなしさ」ではないでしょうか。 特に、自分の力で仕事をつくり、責任を持って生活を営んでいる人ほど、選挙の時期に流れてくる言葉に、冷めた感情を抱いています。
「物価高対策をします」「手取りを増やします」「寄り添います」。
どの党も似たような、耳に心地よいフレーズを並べます。しかし、私たちは知っています。表面的なお金の配り方を議論しても、この国が抱える「根本的なおかしさ」は一向に解決しないことを。
真っ当に働く人々が求めているのは、甘い約束ではありません。 「なぜ、この国はこうなってしまったのか」という原因の究明と、それに対する筋の通った説明です。
1. 「なぜ?」を答えない政治への不信感
今の政治家は、起きた現象に対して「痛み止め」を打つことばかりに必死です。 物価が上がれば補助金を出す、生活が苦しければ給付金を配る。しかし、それは熱が出た子供に解熱剤を飲ませ続けて、病気の正体(原因)を調べようとしない医師と同じです。
汗水たらして働く人々が本当に聞きたいのは、次のような「原因」の話です。
- なぜ、30年以上もこの国の稼ぐ力は停滞したままなのか?
- なぜ、賃金が上がっても、それ以上の速さで税金や保険料が引かれてしまうのか?
- なぜ、一度決まった古いルールを、時代に合わせて変えることができないのか?
この「なぜ」を置き去りにしたまま、新しい政策をいくら積み上げても、私たちは納得できません。野党が今やるべきは、与党と同じ土俵で「いくら配るか」を競うことではなく、この「原因」を徹底的に解明し、私たちの前にさらけ出すことです。
2. 「頑張る人が損をする」仕組みを放置しない
私たちが日々感じる「ムカつき」の正体。それは、一生懸命に働き、価値を生み出している人ほど、高い負担を強いられるという「不公平な仕組み」です。
本来、税金は社会を維持するための「会費」のようなものであるはずです。しかし、今の現状はどうでしょうか。
- 頑張って稼ぐほど、高い割合で徴収される。
- その使い道はあいまいで、どこに消えたのか見えにくい。
- 何もせず、国に頼ることを前提としている層に、そのお金が優先的に分配される。
これは、システムとして明らかに壊れています。一生懸命に走っている人の足を引っ張り、立ち止まっている人にだけエールを送るような社会に、未来はありません。 野党は、この「頑張る人が報われない構造」そのものを問題視すべきです。「寄り添い」という言葉で依存を促すのではなく、「自立して働く人が、納得して会費(税金)を払える社会」への立て直しを提案すべきなのです。
3. 国の役割を「本来の仕事」に絞り込む
今の国は、何でもかんでも抱え込みすぎています。 その結果、本来国にしかできない「大きな仕事」がおろそかになり、逆に私たちの日常生活という「小さな領域」に、高い税金とともに口を出してくる。
私たちは、政治にすべてを解決してほしいとは思っていません。むしろ、余計なことはしないでほしい。 その代わり、個人ではどうしようもない「土台」の部分を、責任を持って固めてほしいと考えています。
- 外交・防衛: 他国との関係を築き、安全を確保する。
- 通貨とルールの安定: 安心して商売ができる環境を整える。
これら「土台」を国がしっかり守り、それ以外の教育や福祉、生活に密着した仕組みは、もっと住民に近い市町村レベルで、透明性の高い形で行う。 この「役割の切り分け」こそが、自立して生きる人々が求める、健全な政治の姿です。
4. 「真っ当な層」の代表としての野党
多くの野党は、選挙になると「弱者の味方」であることを強調します。しかし、それだけでは「自分で道を切り拓いている層」の心は動きません。
今、政治に求められているのは、国家というシステムを熟知して再構築できる「最強のエンジニア」です。
- 「無税を求めているのではない。払った分の仕事(成果)をしろ」
- 「1円の無駄も、不透明な使い道も許さない」
- 「依存させるのではなく、挑戦する人の邪魔をしない」
こうした、真っ当な労働者なら誰もが持っている倫理観を、そのまま政治の言葉にする。 「情熱」や「理想」でごまかさず、どこに無駄があり、どこに原因があるのかを「冷徹に分析」して伝える。その姿勢こそが、政治から離れていた「賢明な人々」を呼び戻す唯一の鍵となります。
結びに:政治を「まともな仕事」に戻す
政治とは、夢物語を語る場ではなく、社会という巨大な仕組みを「正しく動かし続ける」ための実務です。 感情であおるのをやめ、何が原因で、どう直すべきかを論理的に解明する。 そして、頑張って働く人々が「これなら払う価値がある」と思えるだけの透明性を確保する。
そんな「当たり前のこと」を真っ向から語る野党が現れたとき、日本を支えている中間層は、初めてその政党を「自分たちの仲間」として認めるはずです。 不透明なものを照らし、道理を通す。 そこから、新しい日本の形が見えてくるはずです。





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