――マーケティングエンジニアが読み解く「高市旋風」のシステム構造
1. 「広告費の暴力」によるデジタル・ドミナンス
今回の選挙で最も注目すべきは、自民党が投入したデジタル広告予算の規模です。推計によると、2024年以前の選挙と比較してデジタル・プロモーション関連の予算は3倍以上に跳ね上がったと見られます。
- クリエイター・ギルドの活用: 映像クリエイターやインフルエンサー、そして「切り抜き職人」に対し、広告代理店を経由した実質的な制作支援のスキームが構築されていたと考えられます。
- 1億回再生のアルゴリズム最適化: 高市氏の演説動画が「YOASOBI」のMVを超える1億回再生を叩き出したのは、単なるオーガニックな拡散ではありません。視聴維持率が高い5秒〜15秒の「強い言葉」を切り出し、それを多動的な広告枠(YouTubeショート、TikTok、Instagramリール)に大量投下することで、アルゴリズム上の「おすすめ」をジャックするアテンション・ハイジャックが実行されていました。
2. メディア批判を「燃料」に変換するリバースPR
マスコミによる「高市下げ」報道は、結果として最強の「支持ブースター」となりました。これをマーケティング的に言えば、「敵対勢力によるネガティブ・キャンペーンの逆利用(Counter-Antagonism)」です。
- 判官びいきのデータ設計: メディアが「独裁的」「右傾化」と叩けば叩くほど、SNS上のデータセットでは「既存権力(オールドメディア) vs 改革者(高市)」という二項対立が強化されました。
- 悲劇のヒロイン・ストーリーの構築: 批判を「女性リーダーへの不当な圧力」というコンテキストに載せてリトリート(再発信)することで、本来は自民党に批判的だった層の「同情票」や「現状維持バイアス」を、「高市を守れ」という能動的な行動へと変換させました。
3. 「維新のアクセル役」によるUXの単純化
野党第一党となった「中道改革連合」が49議席と低迷した一方で、維新が自民の補完勢力として振る舞ったことは、有権者の「選択のコスト」を劇的に下げました。
- A/Bテストの不在: 本来、選挙は異なる政策の比較(A/Bテスト)であるべきですが、維新が自民を「加速させる」存在となったことで、有権者には「現状の延長(自民+維新)」か「混乱(弱体化した野党)」という、極めてバイアスのかかった二択しか提示されませんでした。
- 抵抗勢力というラベル貼り: 他の野党を「抵抗勢力」と呼ぶことで、政策の是非という複雑な論理(Logic)を、「進むか、止まるか」というUI(ユーザーインターフェース)の問題にすり替えたのです。
4. 論争不在の「ちゃっかり当選」を許したシステム
政策論争が起きなかったのは、自民党側のマーケティング戦略が「機能(政策)」ではなく「情緒(キャラクターと雰囲気)」に全振りされていたからです。
- 思想のブラックボックス化: いわゆる「反高市派」が当選できたのは、党というプラットフォームが提供する「圧倒的な勝者の雰囲気」というAPI(Application Programming Interface)を叩くだけで、個々の議員のスタンスが不問に付されるほど、全体のブランド力が強すぎたためです。
- 政策のバックエンド軽視: 期間限定の消費税減税など、実現性に疑問が残る公約も、「高市ならやってくれそう」というフロントエンドの印象でカバーされ、バックエンドの検証(予算の裏付け等)は完全にスルーされました。
結論:2026年総選挙が残した教訓
マーケティングエンジニアとして言えるのは、今回の選挙は「デジタル空間における認知の独占は、現実の投票行動を完全に支配できる」という恐るべきマイルストーンになったということです。
巨額の資金でクリエイターを動かし、メディアの批判をあえて受けて支持を結束させ、政策論争を「雰囲気」で塗りつぶす。この「勝利の方程式」は、今後の選挙のスタンダードになってしまうでしょう。
「政策を語るより、空気を作れ。議論をするより、広告を回せ。」
この皮肉な現実を、私たち有権者はどうハックし返すべきなのか。今回の自民党の圧勝は、日本の民主主義というOSが「イメージ」というバグによってオーバーライドされた瞬間だったのかもしれません。





コメント