最近、自民党のYouTube動画が「短期間で1億回再生」を記録したことが大きな話題となっています。これを「国民的なブーム」と捉えるか、「単なる金にモノを言わせた力技」と捉えるかで、今の政治マーケティングの見え方は全く変わってきます。
マーケティングエンジニアの視点から言えば、これは批判の対象ではなく、極めて「合理的で計算された戦略」の結果です。
1. ネット広告は「テレビCM」の正統な後継
「YouTubeに巨額の広告費を投じるのはけしからん」という声もありますが、それは少し時代錯誤かもしれません。かつてテレビCMに投じられていた広報予算が、有権者の視聴習慣に合わせてネットに移行しただけのこと。
手法についても、オークション形式でリーチを確実に買い付けるデジタルマーケティングの王道です。批判すべき点があるとすれば、その「是非」ではなく、「他党との圧倒的な資金格差が、デジタル空間の民主性をどう変質させるか」という点にあるでしょう。
2. 「お金+単純化」という最強のアルゴリズム
この戦略の真の恐ろしさは、単なる「露出量」ではありません。「お金をかけて、メッセージを極限まで単純化する」。これが組み合わさったとき、現代のマーケティングにおいて最強の武器となります。
- 思考のバイパス: YouTube広告の数秒〜数十秒という時間は、論理的な思考(システム2)を呼び起こすには短すぎます。そこで行われるのは、直感(システム1)へのダイレクトなアプローチです。
- 「考えさせない」勝ち筋: 「何か凄そうだ」「見たことがある」という残像だけを脳に置く。有権者に深く思考させないことで、批判や疑問を差し挟む隙を与えず、最短距離で認知と親近感を形成します。
「お金」があるからこそ、こうした「贅沢な単純化」が可能になります。一方で、リソースのない政党は、どうしても「説明」しようとして複雑な道を選び、結果として有権者のアテンション(注意)から脱落していく。この構造的な格差が今、顕著になっています。
3. 「思考コスト」をめぐる戦い
SNS時代の政治マーケティングは、もはや「思想の戦い」である以上に、「いかに有権者の思考コストをゼロにするか」という認知科学的な競争へとフェーズが変わりました。
「資金力でリーチを支配し、単純化で思考を止める」
このパワーゲームが加速する中で、私たちはどう情報を取捨選択すべきなのか。また、資金力を持たない勢力がこの「広告の壁」を突破するハックは存在するのか。
マーケティングが「エンジニアリング」と化していく今、政治のあり方もまた、その不可逆な流れの中にあります。





コメント